の名女優セシル・ソレルだ。六十に近い小皺《こじわ》を品格と雄弁で目立たなくし、三十代の夫と不釣合には見え無い。服装は今の身分伯爵夫人に相応《ふさわ》しい第二帝政時代風のローブ・ド・ステールで絵扇を持って居る。彼女はバアの隅の大テーブルに腰掛けようとして思いがけなく女性に辛辣《しんらつ》な諷刺文学者フェルナンド・ヴァンドレムが居たのを見ると調子よく
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――あたし達はあなたの材料になる為に席を茲《ここ》へ取ったようなものねほほ……。
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こんな風に場の空気が和《やわら》いで来たにも拘らず酔いにつれて小田島の連れの女は険悪になって行った。女は丁度其処へ来合わせた夜会服の柔和な老人を見ると急に軒昂として眉を釣上げ
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――へん、また一人イベットの御親類筋が来たな。
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女はその老人の白髭に握み掛ろうとした。
革命前のロシヤ皇室の探偵隊首領、現ドーヴィル詐欺賭博取締係長の老人はにこにこし乍らその手を捉え、身体を押えてずるずる女を高い椅子から引き降した。鄭寧《てい
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