よ。それをあいつ、何時《いつ》の間にか着ちまってる、何という魔ものだ。
[#ここで字下げ終わり]
 女は口惜しがる度に小田島を強く小突く。彼は暴戻《ぼうれい》な肘《ひじ》で撃《うた》れる度に、何故かイベットの睫の煙る眼ざしを想出す。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――あんた、後生だから、あの女にだけは惚れないでよ。他の女ならあたし、手伝っても仲をこしらえて上げるから。
[#ここで字下げ終わり]
 なお女の言うところに依るとイベットはまだ年の割に子供である。その癖甘い毒を持って居て彼女に係わる男を大抵麻痺状態に陥れる。男達も始は玩具のつもりで段々親身になり、何でも彼女の云いなりになる。彼女の我儘には困り切り乍ら結局それを悦《よろこ》ぶようになる。そういう男達は大方老人でなかに若い男があっても矢張り彼女を娘の様に可愛がり出す。女は知名の実業家、政治家をその男達のなかに数え、流石にしまいの声は落して、此処でもドーヴィル市長を始め賭博場の重《おも》な役員、世界の諸国から賭博に来た金持男達まで殆どイベットに籠絡《ろうらく》されて居る、と云う。小田島は聞いて居るうちにそれはイベット
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