彼は、他の客とずっと離れた椅子へ掛けた二人に近寄り女に冗談を云った。
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――お黙り、フレデリー、生憎《あいにく》とこの人は支那人じゃ無いよ。
――ハアハア…………。
[#ここで字下げ終わり]
 男は曖昧《あいまい》な笑いを残して向うの客の方へ引返した。それを見送った女は今度は小田島の方を振り返って、涙の乾いたあとの妙に味気無い眼を瞬かせ乍ら
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――あんた、あのフレデリーね、フランスカクテール界のキングって云われる腕前なのよ。
[#ここで字下げ終わり]
 と小田島に教えて置いてまた向うへ
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――フレデリー、腕を振って調合したのを持って来て。
[#ここで字下げ終わり]
 横柄に誂を出した女はそれで落ち付くとまた愚痴に顔を歪め、イベットの事を云い出す。
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――あんた、イベットのあの大した服装を見た? ちょいと見は何でも無いようで、あのローズ・ド・ラジェフって色、今までフランスのどんな腕の宜い布地屋でも出せなかった色
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