アメリカ世界観光船へ乗組の遊び女、これらの職業に携わって居る間に彼女は小田島に度々《たびたび》遇って、いくらも生活の愚痴や自慢話はするのだったが、職業それ自体に就ては何の感想も述べなかった。何れも運命の当然と諦めて居るらしかった。そしてハンドバッグにはいつもカスタネットを一組入れて居て、自分の職業が悲しくなるとそれを取出し、カラカラ指先で鳴らして気持ちの鬱屈を紛らして居た。今度の職業は、彼女にとって今までよりずっと重荷であるらしかった、で今までとは違いいくらかでも彼にこの職業の内情を割って見せる彼女が彼にはいじらしく見えた。
四
人を煽《おだ》てに乗せることをよくない趣味と心得て居乍ら、而《しか》も職業としては悪びれず、何処《どこ》迄もそれを最上の商法信条とする。これがフランス遊覧地気質だ。ドーヴィル、ノルマンジーホテルの食堂もその一つだ。ちょっと客を気易くさせる淡い影を壁の隅々に持たせ乍ら取付けた様な威厳、上ずった品位、慧眼《けいがん》のものが早くそれを見破ろうとする前に縦横からあらゆる角度の屈折光線がその作意をフォーカスする。で、客はただもう貴族趣味の夢遊病者と
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