――あなたは随分長く、あの娘と交際《つきあ》いましたか。
――ええ、あの娘が此処へ来ると間もなくからね。わたし達は知って居てあの娘の技巧にも乗ってやりました。賭博場《カジノ》の秘密も教えてやりました。フランスの致命傷になら無い程度の秘密まではね。あの胡蝶は只の胡蝶と違ってそういう餌を必要としましたから…………お蔭であの娘の居た三ヶ月間、このドーヴィルは浮き浮きとして金も余計に落ちました。だが此処の季節ももう直き閉じますし、それにこの上あの可愛ゆい娘に居られたらわたし達は愛国心に反《そむ》くまで娘に国情を探らしてやることになりそうです。そこで衆議一決追放、ということに極りましてね。
[#ここで字下げ終わり]
 小田島は呆れた後から怒《いかり》が胸へ込み上げて来た。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――老獪《ろうかい》だな。全く老獪だなフランス人は……探偵に来たイベットを、あべこべにドーヴィルで利用したんだな。馬鹿にしてるな、まったく。
――は、は、は、怒っちゃ気が早いよ、あなた。わたし達ドーヴィルの人間は商売気を離れてあの娘を愛して居たってことをよく聞き取って下さいよ。フランス人の打算と純情の間に線を引くのはなかなか難かしい。ね、今日わざわざ探偵長に国境まで娘を送らせたのも国探としてフランス黒表に載って仕舞ったあの娘が途中で捉《つか》まったりし無い保護をしたんですよ。それからあの娘が居無くなるので、市長始め、みんなどんなに気を落して寂しがることでしょう。で、今夜市長の邸《やしき》であの娘を好いて居た連中が集り、あの娘をしのぶ[#「しのぶ」に傍点]会をやるんです。ジンの熱いやつでも※[#「口+奄」、第3水準1−15−6]《あお》って、嘸《さぞ》、男同志が溜息をつき合うことでしょう。
[#ここで字下げ終わり]



底本:「岡本かの子全集2」ちくま文庫、筑摩書房
   1994(平成6)年2月24日第1刷発行
底本の親本:「鶴は病みき」信正社
   1936(昭和11)年10月20日発行
初出:「経済往来」
   1933(昭和8)年10月号
入力:門田裕志
校正:オサムラヒロ
2008年10月15日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全14ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング