―判った。イベット。よく判った。
――まあ聞いてて…………まったくあなたは今まで私の気儘な謎に何の説明も求めずつき合って下さったわね。私ね、それが東洋人のあなたの性質の特徴かと思って居たのよ。
――ちょっと待って、イベット。
[#ここで字下げ終わり]
 小田島は額の汗を急いで拭くとイベットの肩をしっかり掴んで揺ぶった。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――悪かった。僕は矢張り君に対して今迄の僕で居ようね、イベット。
――ええ、有難う…………でもあなたの真当《ほんとう》の処が判って見れば…………それにもう何もかも最後のお別れだわ。
――済ま無い、悪かった。
――いいえ、私こそひと[#「ひと」に傍点]をそんな勝手な相手にして置こうなんて虫が好過ぎたのよ。私こそ済まなかったのよ。でも私、幾度も云うようだけど上べはこんな勝気で陽気な女だけど、どうかすると、まるで堅い人間の壁の様になる時があるのよ。そしてその中へ孤独の自分を閉じ込めて息を吐かせない時があるのよ。
――僕もそういう時の君によく出逢った。僕は陽気な君より、そういう時の冷たい君が好きだった。
[#ここで字下げ終わり]
 小田島は、ごくりと一つ生唾《なまつば》を呑んだ。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――ねえ、イベット。国事探偵なんて君にはあんまり大役ですよ。君はもうそんな危険から抜け出してもっと気楽な身分になりなさい。君の為に遺産の遺言状まで書いて居るお爺さんさえ有る相じゃないか。早く巴里へ行ってそのお爺さんの養女にでもなって気楽な身分におなんなさい。
[#ここで字下げ終わり]
 イベットがそっと眼に当てたハンカチが、涙を拭いて居るように小田島には見えた。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
――有難う。でも何もかももう晩いのよ。私はもうフランスには居られ無いの。国事女探としてフランスの黒表に載って仕舞ったのよ。私送還されるのよ、西班牙へ。そして国元の西班牙へ返されたところで私に探偵を命令した反プリモ党は何時天下を覆《くつが》えされるか判ら無いのよ。どっちみち、塀の前の楡《にれ》の木の下で私が銃殺の刑に会うことは知れ切ったことなのよ。
――イベット、それは本当か?
――ええ、本当ですとも。
[#ここで字下げ終わり]
 イベットは一寸あたりを見廻した。人は居なかった。が、イベッ
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