度に発し腕は小田島の腕へしっかりしがみ付き乍ら首を小田島の肩に載せ、こんこんと眠りに落ちて行こうとする。イベットにあわよくば会えようと思って出て来たことも忘れ、彼は前後の考えもなくなり、何もかも面倒になって女をノルマンジーホテルの自分の部屋へ連れ込んで寝かして仕舞った。

       六

 女は小田島の寝台へ投げ込まれ、前後不覚に眠込んで仕舞ったが、彼は女の傍で到底眠る気になれない。彼は長椅子を壁際に押して行き、毛布を掛けてその上へ横になると、疲れが直ぐに深い眠に彼を引き入れて行った。
 小田島が長椅子の上から醒めたのは、朝も余程|長《た》けた頃だった。寝台の女はまだ前後不覚に寝こけて居る。その荒《すさ》んだ寝姿を見るにつけ、彼にはイベットの白磁のように冷い魅力が懐かしまれる。もしイベットに、この女のような無茶苦茶があったら自分のイベットに対する気持ちは、もうずっと前から世間普通の恋となって居たであろう。だがイベットが時々虚脱して単なる「物」になる不思議、あれは魅力としても殆ど超人間的なものだ。それとあの子供のように見せつけ度がる技巧癖、あれらは二人を恋にするにはあまりに白けさせる。で、結局彼は彼女に恋以外の何物とも知れぬ魅力で牽《ひ》きつけられて来たのだけれど……今度、彼女は何か覚悟する処でもあって、自分を此処へ呼び寄せたのではあるまいか、電報で呼ぶ位の突飛な仕業は、彼女として別に珍らしがる程のことでも無いが、思い做《な》しか昨日オンフルールで会った彼女は一層いつもより淋《さび》し気に見えた。何か最近、彼女に差し迫った変事でもありはしまいか――そんな予感が微《かす》かに起ると小田島は尚更じっとして居られなかった。
 小田島は廊下へ抜け出し、イベットの泊って居る部屋附のボーイにいくらか金を握らせ、彼女の様子を聞いて見た。ボーイの答えによると彼女は今しがたカジノからホテルへ乗馬服と着替えに帰って来て、鞭《むち》を持って出て行った。十時には温浴とマッサージとマニキュアを命じてあるから帰って来るに違い無い。との事である。彼はその時間までは待ち遠い。それまでこのホテルの自分の部屋にあんな女の寝姿と一緒に居度くもない。彼はイベットが朝の乗馬に出たものと知って、乗馬道を尋ねて行き、彼女に逢おうという気になった。そのうちあの女も眼を醒まし、自分の居ないのが分ったら何処かへ出て
前へ 次へ
全28ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 かの子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング