《そっけ》無さが露骨に現われて居たが、さすがに無雑作に物を喰べて口紅をよごさない用心が小田島に少し可哀相に思えた。カキモチも宜《よ》い加減喰べると
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――フランスの女はね。自殺する間際まで喰べものの事を考えて居るのよ。男には失恋しても喰物には絶対に失恋し度くないのよ。
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 女はこんな訳の分らぬことを云ってますます憐《あわれ》っぽくしおれかかる。
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――わたし今夜ご飯喰べられないのよ。あんた晩ご飯おごってよ。あたし払いが出来なくなって、おっ払われたんだから独じゃこのホテルの食堂へは入れないのよ。
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 小田島は絶体絶命という気がした。
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――じゃ、まあ、僕と一緒に来給え。
[#ここで字下げ終わり]
 すると女は急にあたりまえだという顔をしてずんずん先に立って食堂へは入って来て仕舞ったのだ。
 女は座席に即《つ》くと悠々小田島のシガレットケースから煙草《たばこ》を抽《ひ》き出してふかし始めた。そして胡散臭《うさんくさ》そうに女を見乍ら誂《あつらえ》を聞く給仕男へ横柄に、
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――ちょいと。何かぱっと眼の覚めるようなものを持ってお出《い》で、コニャックでも。それから|鵞鳥の脂肪《フォア・ド・グラ》を少し余計持っといで。あたしちっと精力をつけなくっちゃ。
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 という調子だ。次々に女は勝手な料理を誂えて喰べながら、機嫌の好いままに、小田島に場内の説明をした。あのアメリカ人は傍のあの紳士を前|葡萄牙《ポルトガル》マヌエル陛下と知らずに、あんなあけすけな態度で女の話をしかけて居る。女を一人|宛《ずつ》相手に快活に喋舌《しゃべ》って居る二人の男は中央アメリカの高山へ望遠鏡を運んで天文学の生きた証拠を把《つか》んだベンアリ・マッツカフェーと弟のベンアリ・ハギンだ。二人とも有名なドーヴィル愛好者だ。カルタをして居るボニ侯爵は年の割に艶々《つやつや》して居る。容色の為午前二時より以上|夜更《よふか》しをせぬ真剣な洒落《しゃれ》ものだ相だ。前何々夫人が、これも新らしい妻を携えた前夫に自分の携えた新らしい夫を紹介して居る。今、椅子の背に頭をもたせ、肥っ
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