傾向の入って来たことです。それも東洋人の持つような積極的に通ずる徹底した消極趣味というのではたく、五分縮められ、三分縮められて行くことに反抗しながらしかも押し流されて行く、其処に人生の味があるのだと思うようになってしまったことです。退嬰《たいえい》を悲しむうちはまだ脈があります。退嬰を詩に味わうようになったらおしまいです」
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 景子は此の文豪の著作の「銀の匙」の趣意を想い出した。「銀の匙」を使い切れぬようになっても銀の匙を思い切って投げ捨てられない未練な英国人を頭に浮べた。宮坂はと見ると、思いがけなく、自国を率直に語る文豪の言葉の真実性に内心驚喜し、彼の味到癖《みとうへき》を傾けつくして其の一句一句を蜜のように貪《むさぼ》り吸っている様子だ。
 老夫人はと見るとさぞ渋面作っているであろうと、思いの外、もう峠を越したというふうに晴やかで退屈な顔に戻った。流石に老夫人は夫の習性をよく知っていたのだ。ここまで究極すれば必ず話の筋を救い上げる文豪の心の抑揚をよく知っていたのだ。果してガルスワーシーは言った。
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――だが………」
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