れた。
 ――こりゃ全く破滅の坂道だ」
 根が愚鈍でない国太郎にはすべての筋道が判っていた。お坊っちゃんが――旧家が――滅びる筋道はこれ以外には無かった。そしてそれを免《まぬが》れる遣《や》り方も彼には判っていた。それは簡単だった。時代並みの商人になればそれでよかったのだ。貸越しをもう少し催促して取立て、前借りをもう少し引緊めて拒絶する。その代り売値の価を廉《やす》くする。この手心一つにあった。結局、河岸の伝統を捨てて普通の商人の態度になればよかったのだ。英雄|気質《かたぎ》を捨てて凡人に還ればよかったのだ。
 そしてこの事は、もう河岸でもそう恥かしい事ではない。軒並みに伝統の気質と共に並用されて来て而《しか》もその態度を採用するものほど繁昌し、採用しないものほど店が寂《さび》れて行く徴候の著《いちじる》しいのが目につく。そう判っていながら国太郎にはそれが出来なかった。小笹屋の若旦那! この言葉一つに含む一切の虚栄心が折角、覚悟した何もかもを彼から吹き飛ばして、彼を芝居に出て来る非現実な江戸っ児気質のお坊っちゃんのようにしてしまうのだった。
 ――ねえ、若旦那、すまねえが」
 斯う言わ
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