》の半纏《はんてん》の上へ短い筒袖《つつそで》の被布《ひふ》を着て、帳場に片肘かけながら銀煙管《ぎんぎせる》で煙草を喫《す》っている。その上体を支えて洗い浄められた溝板《どぶいた》の上に踏み立っている下肢は薩摩《さつま》がすりの股引《ももひき》に、この頃はまだ珍しい長靴を穿《は》いているのが、われながら珍しくて嬉しい。その後に柳橋の幇間《ほうかん》、夢のや魯八が派手な着物に尻端折《しりはしょ》りで立って居る。魯八は作り欠伸《あくび》の声を頻《しき》りにしたあとで国太郎の肩をつつく。
 ――ねえ、若旦那、もう、お客が来ねえじゃありませんか。さあ、この辺で切り上げましょうよ」
 ――おまえみたいな素人《しろうと》にお客が来るか来ねえか判るもんか。見ろ、まだ九時過ぎだ。あと一稼ぎしなきゃあ、今日のおまんまに有り付けねえ」
 国太郎はそう言ったが、自分の冗談が幇間の気持ちの上にどんなに響くかちょっと顔を後へ向けて魯八の顔を見る。ちゃんと知ってて魯八は如何にも大ぎょうな声を張り上げる。
 ――今日のおまんまに有り付けねえとはよく言ったね。お大名はエテ、そういうせりふ[#「せりふ」に傍点]を吐いて
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