見たいものさ。だが、お大名と言やあ、あっしあ今朝から見て居て呆《あき》れたよ。こちらの御商売は全くお大名だよ。来る客も、来る客も、まるで乞食さ。無代《ただ》ででも貰って行くような調子で、若旦那済まねえがこれを少し分けておくんなさいと言うと、やるから持ってけ――だが負からねえぞ。――これじゃあ、どっちが売手だか買手だか判りませんぜ」
国太郎は河岸のふう[#「ふう」に傍点]であると共に、歿《な》くなった父親の態度を見よう見真似で子供の時からやって居る自分の商い振りが、どんなに大ふう[#「ふう」に傍点]なものか全然意識しないではなかったが、いま他人の感じに写った印象が、どのくらい権高なものかを知ると、幸福のような痛快のような気がして少し興奮して言った。
――そりゃ、幇間の商売とはちっとばかり違うさ」
これを聞いて魯八は、軽蔑に対する逆襲に向って来るかと思いのほか
――全くさ、幇間と来たら、こりゃ論外でさ」
と、超然とする。国太郎は張合い抜けがして魯八のしょげ[#「しょげ」に傍点]た姿を見ると、それと対照して、今度は自分の大ふうな態度の習慣が何だか過失ででもあるかのように省みられ、白っちゃけた気持ちになった。なるたけ早くしょげ[#「しょげ」に傍点]た男をいたわってやらなくちゃならない気に急《せ》き立てられ咄嗟《とっさ》の考えで言った。
――おまえ、一足さきに吉原へ行って、いつもの連中を集めて置け。おれは直ぐ後から行くから、田舎の客人も二三人招ぶのがあるから」
虎の門琴平さまの朝詣りの帰りに寄ったという魯八は、国太郎の命令でそそくさとみやげのお札もそこへ忘れ、急いで店先から出て行った。
二
陽が射して来て、少し色の濁った皮膚が乾いて来た小鮎の並べてある笹籠を前に置いて、国太郎はまだ客を待っていた。実のところ今朝から客足が思わしく無く持荷の半分も捌《さば》ける見当がつかず、いたずらに納屋で飴色《あめいろ》の腹に段々鼠色の斑《まだら》が浮いて出る沢山の鮎の姿を思い出すとうんざりした。商売は其の日の運不運だから、それはまあよいとして、此頃《このごろ》頻りに手詰まって来た金の運転には暗い気持の中に嫌な脅《おび》えさえ感じられた。売先からの勘定は取れず、貸越し貸越しになり、それに引きかえ荷方からは頻りに勘定の前借りを申込まれる。小笹屋は河岸でも旧《
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