て遣《や》ろうか、若《も》しくはいっかな帰ろうとしない息子にあんな家、斯《こ》んな家でも建てて置いたら、そんな興味が両親への愛着にも交《まじ》り、息子は巴里から帰りはしないか。あちらで相当な位置も得、どう考えてもあちら[#「あちら」に傍点]に向いて居る息子の芸術の性質を考えるとこちらへ帰って来るようには言えない。またかの女の芸術的良心というようなものが、それは息子の芸術へというばかりでないもっと根本の芸術の神様に対する冒涜《ぼうとく》をさえ感ずる。芸術的良心と、私的本能愛との戦いにかの女はまた辛《つら》くて涙が眼に滲《にじ》む。息子の居ない一ヶ所|空《から》っぽうのような現実の生活と、息子の帰って来た生活のいろいろな張り合いのある仮想生活とがかの女の心に代《かわ》る代《がわ》る位置を占めるのである。かの女は雑草が好きだ。此の空地《あきち》にはふんだんに雑草が茂っている。なんぼ息子の為に建ててやる画室でも、かの女の好みの雑草は取ってしまうまい。人は何故《なぜ》に雑草と庭樹《にわき》とを区別する権利があったのだろう。例えば天上の星のように、瑠璃《るり》を点ずる露草《つゆくさ》や、金銀の色糸
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