の建て換え場だ。半月も前からである。
 ――変な男女が、毎朝、同じ方向から出かけて来ると思ってるだろうね、人夫《にんぷ》達が。
 と、かの女。
 ――ふん。
 逸作は手を振って歩いて居る。中古の鼠色《ねず》縮緬《ちりめん》の兵児帯《へこおび》が、腰でだらしなくもなく、きりっ[#「きりっ」に傍点]とでもなく穏健《おんけん》に締《しま》っている。古いセルの単衣《ひとえ》、少し丈《たけ》が長過ぎる。黒髪が人並よりぐっと黒いので、まれに交《まじ》っているわずかな白髪が、銀砂子《ぎんすなご》のように奇麗《きれい》に光る。中背《ちゅうぜい》の撫《な》で肩《がた》の上にラファエルのマリア像のような線の首筋をたて、首から続く浄《きよ》らかな顎《あご》の線を細い唇《くちびる》が締めくくり、その唇が少し前へ突き出している。足の上《あが》る度《たび》に脂肪《あぶら》の足跡が見える中古の駒下駄でばたりばたり歩く。
 かの女は断髪《だんぱつ》もウエーヴさえかけない至極《しごく》簡単なものである。凡《およ》そ逸作とは違った体格である。何処《どこ》にも延びている線は一つも無い。みんな短かくて括《くく》れている。日輪
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