たい》に変《かわ》っているのだ。裏町で一番広大で威張《いば》っている某|富豪《ふごう》の家の普請《ふしん》に運ぶ土砂《どしゃ》のトラックの蹂躙《じゅうりん》の為《た》めに荒された道路だ、――良民《りょうみん》の為めに――の憤《いきどお》りも幾度か覚えた。だが、恩恵もあるのだ。
 ――ねえパパ、此《こ》のO家の為めに我々は新鮮な空気が吸える、と思えば気も納《おさま》るね。
 ――まあ、そんなものだ。
 二人は歩きながら話す。
 実際O家は此の町の一端何町四方を邸内に採っている。その邸内の何町四方は一《いっ》ぱいの樹海《じゅかい》だ。緑の波が澎湃《ほうはい》として風にどよめき、太陽に輝やき立っているのである。ベルリンでは市民衛生の為《た》め市中に広大なチーヤガルデン公園を置く。此《こ》の富豪は我が町に緑樹の海を置いて居《い》る。富豪自身は期せずして良民の呼吸の為めにふんだんな酸素を分配して居るのである。――ものの利害はそんな処《ところ》で相伴《あいともな》い相償《あいつぐ》なっているというものだ――と二人はお腹《なか》の中で思い合って歩いて居るのだ。
 二三丁行くと、或《あ》る重役邸の前門
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