―散歩?
――昨夜晩くまでかかって××社の仕事が済んだので、今朝《けさ》早く持ってって来ました。
――奥さんがお亡《なく》なりになってからお食事なんか如何《どう》なさいますの。
――外で安飯《やすめし》を喰《た》べてますよ。
――大変ね。
――独《ひと》り者の気楽さって処《ところ》もありますよ。
墓地を出て両側の窪《くぼ》みに菌《きのこ》の生《は》えていそうな日蔭《ひかげ》の坂道にかかると、坂下から一幅《いっぷく》の冷たい風が吹き上げて来た。
――どうです、僕の汚い部屋へ一寸《ちょっと》お寄りになりませんか。
――有難《ありがと》う。
逸作もかの女も甲野氏の部屋へ寄るとも寄らぬとも極《き》めないでぶらぶら歩いた。道が、表街近くなった明るい三つ角に来た時、甲野氏は、自分の部屋に寄りそうもない二人と別れて自分の家の方へ行こうとしたが、また一寸引きかえして来て、殊《こと》にかの女に向いて言った。
――僕、昨日の朝、散歩の序《ついで》に戸崎夫人の処《ところ》へ寄って見ましたよ。
――そう、此頃《このごろ》あの方どうしてらっしゃる?
――相変《あいかわ》らず真赤な洋服かな
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