を覗《のぞ》くようにして言った。
 ――どうって、…………君はどう思う。
 ――私?
 かの女は眼を瞑《つむ》って渋《しか》め面《つら》して笑い直した。そして眼を開いて真面目に返ると言った。
 ――余《よ》っぽど現実世界でいじめられてる人じゃないかしら。普通ならお墓へ来れば気が引締まるのに。お墓へ来て気がゆるんでおなら[#「おなら」に傍点]をする人なんて。
 かの女達が腰を上げて墓地を出ようとすると、其処《そこ》へ突然のようにプロレタリア作家甲野氏が現われた。
 朝は不思議にどんなみすぼらしい人の姿をも汚《きた》なくは見せない。その上、今日の甲野氏はいつもよりずっと身なりもさっぱりして居る。
 ――やあ。
 ――やあ。
 男同志の挨拶《あいさつ》――。
 かの女は咄嗟《とっさ》の間に、おなら[#「おなら」に傍点]の嫌疑《けんぎ》を甲野氏にかけてしまった。そしてその為《た》めに突き上げて来た笑いが、甲野氏への法外《ほうがい》な愛嬌《あいきょう》になった。そのせいか一寸《ちょっと》僻《ひが》み易《やす》い甲野氏が、寧《むし》ろ彼から愛想よく出て来た。
 ――奥さんには久し振りですな。
 ―
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