という字を散見《さんけん》しても、ひとのことどうでも宜《よ》いようなものの、好もしいとはかの女は思わない。
逸作とかの女との散歩の道は進む。
――あたし、あなたに見せるものあるのよ。
――そうかい。
――何だか知ってる?
――知らない。
――あてなさい、な。
――あたらない。
――あれだ。太郎から手紙よ。
――おい、見せなさいよ。
――道のまん中じゃあないの。
――好いからさ。
――墓地へ行って見せる。
かの女は袖《そで》のなかで、がさがさしてる息子の手紙を帯の間へ移す。くどく無い逸作は、或《あ》るものに食欲を出しかけたような唇を、一つ強く引き締めることによって、其《そ》の欲望を制した。かの女のいたずら心が跳ね返って嬉《よろこ》ぶ。
散歩に伴う生理調節作用として斯《こ》んないたずらが、かの女には快適なのだった。
逸作が、他に向《むか》っての欲望の表現はくどく[#「くどく」に傍点]ないのだ。然《しか》し、逸作の心に根を保っている逸作の特種《とくしゅ》の欲望がある。逸作はそれを自分の内心に追求するに倦《う》まない男だ。逸作の特種な欲望とは極々《ごくごく》限られ
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