かの女は、まことに、息子に小児性と呼ばれた程《ほど》あって、小児の如《ごと》く堪《こら》え性《しょう》が無《な》かった。
主人逸作が待って居《い》そうでもあったが、ひと[#「ひと」に傍点]と話をして居るのを好《よ》いことにして、息子の手紙の封筒を破った。そして今のような文面にいきなり打突《ぶつ》かった。
だが、かの女としては、それが息子の手紙でさえあれば、何でも好かった。小言《こごと》であろうと、ねだりであろうと、(だが、甘えの時は無かった。息子は二十三歳で、十代の時自分を生んだ母の、まして小児性を心得て居て、甘えるどころではなくて、母の甘えに逢《あ》っては叱《しか》ったり指導したりする役だった。普通生活には少しだらしなかったが、本当は感情的で頭の鋭い正直な男子だった。)そしてやっぱり一人息子にぞっこん[#「ぞっこん」に傍点]な主人逸作への良き見舞品となる息子の手紙は、いつも彼女は自分が先《さ》きに破るのだった。
――あら竹越さんなの。
逸作と玄関で話して居たのは、かの女の処《ところ》へ原稿の用で来た「文明社」の記者であった。
――はあ、こんなに早く上《あが》って済みませんでしたけれど……。その代《かわ》りめったにお目にかかれない御主人にお目にかかれまして……。
竹越氏が正直に下げる頭が大げさでもわざとらしくはなかった。逸作は好感から微笑してかの女と竹越との問答《もんどう》の済むのを待って、ゆっくり玄関口に立って居た。
竹越氏が帰って行った。二人は門を出て竹越氏の行った表通りとは反対の裏通りの方へ足を向けた。
――今の記者|何処《どこ》のだい。
――あら、知らないの、だって親し相《そう》に話して居なすったじゃないの。
――だって向《むこ》うから親しそうに話すからさ。
――雑誌が大変よくってなんて仰《おっしゃ》って居たじゃないの。
――だって、記者への挨拶《あいさつ》ならそれよりほか無いだろう。
――何処《どこ》の雑誌か知らなくっても?
――そうさ、何処の雑誌だっておんなじだもの。
――あれだ、パパにゃかないませんよ。
かの女は自分のことと較《くら》べて考えた。かの女はいつか或《あ》る劇場の廊下で或る男に挨拶《あいさつ》された。誰だか判《わか》らなかったが、彼女は反射的に頭を下げた。だが、知らない人に頭をさげたことが気になった。そしてや
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