《のてん》を覆つてゐる。
その時火のつく樣な赤ん坊の泣き聲が聞え、
さんばら髮の女が窓から顏を出した。

ああ眼を眞赤に泣きはらしたその形相《ぎやうさう》、
手にぶらさげたその赤兒、
赤兒は寒い風に吹きつけられて、
ひいひい泣く。
女は金切り聲をふりあげて、ぴしや/\尻をひつ叩く。
死んでしまへとひつ叩く。
風に露《あば》かれて裸の赤兒は、
身も世も消えよとよよと泣く。

雪降り眞中《まなか》に雪も降らない此の寒國《かんごく》の
見る眼も寒い朝景色、
暗い下界の地に添乳《そへぢ》して、
氷の胸をはだけた天、
冬はおどろに荒れ狂ふ。
ああ野中の端の一軒家、
涙も凍るこの寒空に、
風は悲鳴をあげて行く棟の上、
ああこの殘酷はどこから來る、
ああこの殘酷はどこから來る、
またしてもごうと吹く風、
またしてもよよと泣く聲。

  發狂者の獨り言

戀は死よりも鋭《するど》い、
悲しい玻璃《はり》へ木立《こだち》の浮模樣《うきもやう》、
朗《ほがら》かな空、涙まじりの小鳥のおしやべり、
『御早やう、今日も御天氣で御座います……』
それつきりの沈默、玻璃のフラスコ壜、
化學者が或る夜、紫の星を見た
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