いてくれるその櫛だ。

そして凪ぎ!
凪ぎは慈愛に充ちた美しい目の凝視だ、
おれは陸上の口八釜しい虚榮坊《みえばう》の道學先生を憎む、
人生は善でもない、惡でもない、
そんな詮索だては此處では通用しない、
此處では命の流れである、
實在する夢の貯蓄である、
未見に對するあこがれである、
慈愛に充ちた海はおれ達を抱く、
おれ達を搖《ゆす》る、
おれ達をキツスする、
ときには脣を噛む、
咽喉をしめる、
狂氣的に、猛烈に、

ところが今はまた凪いでゐる、
魔睡的な海、
夢見ごこちの海、
おれ達を靜かにあやし、
おれ達を靜かに舐《ね》ぶり、
おれ達を靜かにうとつかせ、
おれ達を靜かに熟睡へおくる。

晴れやかな空には神でも居睡つてゐさうだ、
ただ青くひろびろと光いつ杯に漲り、
中天にポカンと輝く晝の日の黄金《きん》の、
おれはその黄金《きん》のみでない、
そばに輝く日中の金星も見つけた。
[#地から1字上げ]5 ※[#ローマ数字12、1−13−55] 14

  この殘酷は何處から來る

どこで見たのか知らない、
わたしは遠い旅でそれを見た。
寒ざらしの風が地をドツと吹いて行く。
低い雲は野天
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