おれ達の女主人は蟲の居どころ次第で天氣が變る、
なほまたどんな淫婦のたらかしにも、
どんな毒婦の殘酷にも、
どんな娼婦の陽氣にも、
どんな威嚴のある女王の表情にも、
負けない神通自在の變化を持つてるのは、
おれ達の女主人《をんなしゆじん》だ。
嵐、
熱風、
荒くれた土用波、
無風帶の脂を浮かした水平面、
無人《むにん》の白い塔を押し流す寒流《かんりう》、
その極地の沿岸をあらふ三角波《さんかくなみ》、
おれ達の女主人はこの光景のなかをも出沒する。
陸の人間界には律がある、固定がある、
おれ達船乘りの一等恐しいのは之れだ。
生命は不斷に流れる、
過去は夢の閲歴《えつれき》だ、
未來は霧である、
そこでおれ達の生涯も冒險的生涯だ。
もし人間がいつまでも若い氣でゐたいなら固定するな、
變現きはまりない海の女王を見習へ、
命の全額をお賽錢に投げだして、
自分の守り本尊にしろ。
おれ達は海に苦しめられるが海を憎まない、
しかし陸では法律に惠まれながら法律を憎む。
陸には教師はゐないが、
海には立派な導き手がゐる、
嵐はその鞭だ、
波はその接吻だ、
風は搖り籠のその白い手だ、或は臭い髮の毛をか
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