もうても汗が出る、
あの暑くるしさ、
朱線の印度航路、
紅海の熱湯浴、
あれも夢である、
ただのこる、
あのいきれだつた大氣の心ゆくばかり抱きしめた感覺、
フランス女の淫賣婦《ぢごく》にもまさるあの抱きしめ樣!
海はおれ達を抱《いだ》く、
おれ達をふり動かす、
おれ達をキツスする、
ときには脣を噛む、
咽喉をしめる、
狂氣的に、猛烈に!
ところが今はまた凪いでゐる、
魔睡的な海、
夢見ごこちの海、
おれ達を靜かにあやし、
おれ達を靜かにゆすぶり、
おれ達を靜かにうとつかせ、
おれ達を靜かに熟睡へおくる。
凪いだ空には神でも居睡つてゐさうだ、
ただ青くひろびろと光いつ杯に漲り、
中天にポカンと輝く晝の日の黄金《きん》の、
おれはその黄金《きん》のみでない、
そばに輝く日中の金星も見つけた。
ここでおれ達船乘りの哲學を一つ語らう。
陸の世界は固くるしい、狹まくるしい、重くるしい、
おれ達船乘りには人生は善いもない、惡いもない、
も一つ上手《うはて》の得體《えたい》の知れないものだ、
色氣《いろけ》のない男まさりの處女《きむすめ》の女王、
美しく凄いアマゾンはおれ達のお主《しゆ》だ、
前へ
次へ
全39ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
福士 幸次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング