きをむけるのだ。
あゝするどい秋の野の朝景色、
この世はなぜに斯うもうつくしい。
[#地から1字上げ]5 ※[#ローマ数字8、1−13−28] 26

  船乘の歌

黄金《きん》の眼をむく般若《はんにや》の女王は、
邪慳でもない、意地惡でもない、
もつて生れた闊達な氣象で、
よこ波あびせて打つ船舷《ふなばた》、
船はどんどと太鼓打つ。
寢てゐるおれ達をあやすかの樣に、
皆《みんな》に子守唄でもうたつてくれるかのやうに!

ほんとに考へて見れば昨夜《ゆうべ》の荒《しけ》もあれは荒《しけ》でなかつたのかも知れない、
あいつの烈しい氣まぐれに過ぎなかつたのかも知れない。
うるしなす暗間《やみま》を吹きまくつて行く疾風《はやて》、
横沫きなす雨、
おれはその中で甲板を洗ふ波を見た、
波にさらはれた一つの人影を見た、
煙突から吹き散らかす火の子を見た、
斷末魔の病人のお祈りの手のやうに、
無神經に暗間にふられてる二本のマストも見た。

あれはいま皆どこへ行つた、
夢である、
消えてしまひ、しかも胸にいつまでも實在する惡夢である。
夢は實在する、
そして人生は常に變轉する夢にほかならない。


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