た。

その星は悲しまず、
嘆かず、
永遠の闇の中に一段と光をまして、
輝いてゐた、
寒空のなかに。

彼等は暫く默つてゐた、
そして再び彼等も耳こすりした。
接吻しあつた。
風はそよそよと果もなくふいてゆき、
木の葉はまた一としきり身を烈しくふるはせた。

  夜曲

[#天から4字下げ]離れてゐる彼女に贈る

靜かな世界で、
おれは君に語る。
ねがはくは君は永遠にわかくあれ、
ねがはくは君は永遠に微笑してあれ、
ねがはくは君は永遠に心靜かであれ。
よし眠つてゐるとも、
よい夢を見んことを。
よい夢を見てつまらぬものに、
さまされないことを。

ああガラス窓にうなる蠅ひとつ、
赤くとろ/\と沈む西日、
ああ暮るる夜《よる》、
永遠の夜《よる》、
ねがはくはその暗に君にあいそよく、
美しい星あれ、
底びかりする星あれ、
なつかしい星あれ。

ああわれは君のかつて見た海をわすれず、
君の遊んだ濱を忘れず、
その海によな/\うつる星のごとく、
荒いうねりに影うつす星のごとく、
われは君をば思ひだす、
われは君をば思ひだす。

  幸福

幸福といふものは鳥見たいなものだ、
この廣い野原の中にゐる。
聲が聞えるのはまだしもいい、
聲も形もかいくれ解らぬ事がある。
だがこの鳥を一度掴まへたらしめたものだ、
今度は掴まへた彼れがその鳥になる。
いくら何《なん》か出て來て邪魔したつて
もう駄目だ。
芥子粒《けしつぶ》のやうに小さくなつて、
夙《とつく》に向うを飛んでゐる。

  嵐の中で

嵐に打たれてゐる人間はいふ、
おれは嵐の中だ、
おれのまはりは眞暗だ、
この風はどうだ、
だがその一陣の疾風の上に、
嵐雲《あらしぐも》の上に、
一羽の金の鳥が流れる樣に平圓を描く。

  熱を病んでる星

私は天上で無類の星だ、
綺麗な星だ。
だが自分はいろんな病ひにせめられてゐる、
むしむしした天上の惡熱だ!
ああ毒ガス!
だがこの毒ガスの中に渦卷いてる
この苦しさを見ろ。
毒ガスにたたられてゐるのだ、
この黒赤いまはりの空氣に。

ああおれの赤くいき苦しい光が見えるか、
熱にをかされてる赤い光が見えるか、
それはおれだ。
おれは默つてゐる。
依然として默つてゐる。
しかし之れはいいのだ。
おれは段々高熱に惱むだらう。
しかし之れは今迄病まないでゐた時より、
よくなつてゐるのだ。
おれは病むだらう、
今迄よりもつと高熱が出るかも知れない。

おれは今迄冷たい空を歩いた、
おれは太陽の光を反射したばかりであつた、
だが自分の光を出さずにゐられなくなつた、
ああおれのまはりは何て寒いのだらう。

  泣けよ

自分は君が泣くことを許す、
自分は君が泣くことを許す、
ああ泣けよ泣けよ、
汝の魂はその涙に洗はれん、
汝の心はそのために、
暗底《やみぞこ》の星の如く雨にぬるゝとも、
しめるとも、
更にそれによりて光をまさん。

ああ泣けよ、
泣けよ、
汝の心の底より汲み出して、
涙なきまでなけよ。

汝の涙はかわくことなし、
汝の涙は海より出づ、
汝の涙は雨後のすきとほれる海より出づ。

ああ泣けよ泣けよ、
汝の自然のために泣けよ、
われは泣くべきものに泣かざる人を愛せず、
嵐のあとのきよき野の如き顏せざる人を愛せず、
ああ泣けよ泣けよ。

  誰が知つてる

汝《おまへ》は愚鈍な木である。
葉はしげり、
梢はのび、
春が來れば、
花が咲き、
鳥も來て鳴く。

だが汝《おまへ》は愚鈍な木だ。
いくら花が咲いても、
鳥が來て鳴いても、
葉が茂つても、
梢が延びても、
汝《おまへ》は愚鈍な木に違ひない。

だがこの木が、
あの底光りする天上の一つ星を見てゐるとは、
誰れが知らう。

あの凄い底びかりする星を見てゐるとは、
誰れが知らう。

  曲つた木

或る木は若木《わかぎ》のとき痺《しび》れ藥《ぐすり》をのまされた。
彼れは一生花も咲くことなくひよろりと大きく伸び育つた。
そこで通りかゝりの人間は變つた木だと、
その高い梢をながめた。

ところが不思議なことから、
梢に一つ花が咲いた。
ほんの小さい形ばかりの花だ、
そこで奇蹟が始つた。

彼れは舊來の毒血《どくち》に謀反をおこした、
そして身をもがき出した。

彼れには今二つのどちかが必要だ、
この過去の怨靈《をんりやう》を嘔吐《おうと》するか、
またはこの痺《しび》れ藥《ぐすり》以上の毒消し藥を飮むか……

だがさうしてる内に冬がやつて來た、
そして雪が降つた、
どんどん降つた、
眼もあけられない位降り込めた、
一と月も二た月も……

彼れは舊來の毒のきゝめで方々の節々《ふしぶし》が凍るやうな痛さを感じた。
何だか膸のあたりが筋《すぢ》をひいて痛み出した。
しかし心では重々しく思つた、
――ああ盛なる自然
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