か保存されてゐるもの、この幾つかのものに特にわたし等の生れ乍らの質《たち》と、隱約の間に何か關係があるのではあるまいか。
 或る人の最初の最も鮮かな記憶といふものは、その人の暗い一生のもとに、暗く使役《しえき》された暗い感情の、逸早《いちはや》く現はれたものであるかも知れぬ。かういふ人にとつてかういふ種類の記憶は、思ひ出すさへ彼の心を掻きむしるものである。
 又或る人の記憶には特に道徳的にその人の心を、色なり、※[#「鈞のつくり」、第3水準1−14−75]ひなり、或ひは影なりでもつて、夙《はや》い頃から暗示《ほのめか》してゐる何ものかがあつて、その人の光明のある立派な道を可愛らしく美しく純潔に、飾つてくれてゐるものがあるかも知れぬ。
 だが私等藝術に從ふものは、特にこの世界の美を愛《いつく》しむ心が惠まれてゐる故に、そしてこの世界の美といふものは、ものによつて一番幼い子供にもたやすく、感受出來るものである故に、そのあどけない、屈托のない子供心の中に無數に受け入れた印象のうちで、一番心に適つたものを一つ二つ、「この子が此位の年で」と驚かれる時分に、何より鮮明に感銘される事になるかも知れぬ
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