サツク帽をかぶつた逞しい男が、ラツパを持つてせかせか足踏みしてゐた。
 市内へゆく乘合の馬橇の馭者であらう。
「だいぶ待たなくちやならないんだネ。」
 とわたしは妻にいふ。
「どうして」
「だつて僕等の今の汽車が一時間ばかり延着したらう」
「ええ」
「赤帽に訊くと、そんな事で、此處の發車時間がすつかりゴチヤゴチヤになつたんださうだよ」
「へえ、さう」
 と妻は淋しさうに目をパチクリさせてゐる。
 今朝がた羽前と羽後の山間でわたし等の汽車は、大雪のため永いこと停車した。冬季休暇で歸郷する學生達は氣輕に車外に飛びだして、忽ちそこで雪達磨をこしらへた。乘合はした水兵の一團もこれに對抗して、同じやうな奴をこしらへた。そして卷莨《まきたばこ》をくはへさせたり、新聞を持たせたりした。あの停車は四十分あまりもあつたらう。
「困るわね。それではK――さんの家には何時頃着くことになるでせう」
 K――さんとは之れから別の汽車に乘替へてわたし等の訪ねてゆくことになつてゐる友人の名である。
「驛員に訊いて見るから、兎に角待合室のなかに這入らう」
 急行列車は大丈夫と思つてゐるのに、奧羽線では、今頃から急行列
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