の所有にしてやる
そして君を美しい人間にさしてやる
僕の物になつてこそ君は初めて女として生きられるのだ
ただ若くあれ
おお君よ
年寄じみてはおしまひだ
若くあれ若くあれ
この人生にちよつとでも油斷したら
すぐ年をとらされる
それだけこの人生には實にいけないものがあるのだ
そして人間は弱いのだ
自分はいつでも若い
惡いものに抵抗力が強い
どんどん若い力でその惡いものを
元氣のよい命の充ちたものに
かへて行く
ああ若くあれ
若くあれ

  勞働者に與ふ ――八月九日

君等に代つてこの歌を
叩きつける
君等が地盤へ
つるを打込むやうに
君等に代つてこの歌を
叩きつける

ああ勞働せよ
勞働せよ
一切がつさいまのびて
だらけて
力拔けてるこの人生に
魂吹つ込む力は諸君の腕にある

ああ歌をうたへ
歡喜するのだ
自分等の使命を
君等僕等は
この大地へ鶴嘴《つるはし》でぶつつける
一面なにあるとも知れない
平々凡々な
大平面盤
ここから掘り出し
えり出し
よいものを作る使命は僕等にある
僕等は斯くも貴い人間だ

僕等の貴いことは僕等はから手であることだ
裸百貫でよいものをぐいぐい作つて行くことだ
そのよい事とは何んだ
都會をつくることだ
めざましく力うごいてゐる大都會を作ることだ
白く光輝ある煙り、蒸氣を空いつぱいに充たしてゐる無數の烟突
朝の雲
大工場の都會をつくる
活溌で
力にむだのない
大音樂大音響の都會をつくる
このすばらしい使命は
僕等と君等にだけあるのだ
自分はいつもそんな事を空想してゐる
そしてこの空想は萬人の空想だと思つてゐる
實に痛切で拔くことの出來ない空想だと思つてゐる

ああ勉強なれ
わが友よ
わが兄弟よ
愉快に力いつぱいに働き給へ
君等や僕等ぐらゐ貴い人間はないのだ
僕等がなくなれば世の中は暗だ
葉を食ふ芋蟲ばかり殘るのだ
この貴い僕等の使命を感謝せよ
ああ頼母しく正直な兄弟よ
この大平面盤の上を濶歩したまへ
大手をふつて威張つて歩きたまへ

  航海の歌 ――八月十日

おお殉難者
殉難者
自分は泳ぎも知らないで
泳いでゐる
自分は海中に投げこまれた
手をふり足をふり
もがいてゐる
自分は赤子である
一羽の鴎にも及ばない
死ぬのが怖くて唯だじたばたしてる
からだを浮かしてゐる

おお力出す人間
力出す人間
自分はそのうちどうやら泳げるやうになつてきた
そのうち水のまにまに流れる丸太を見つけた
自分はそれをたよりにして泳いだ
また自分と同じやうな人に幾らも出逢つてその人等と握手し合つた
自分と同じ水難者であつた
皆んな同じやうな目をくぐり拔けて來た
自分等は合力して筏を作つた
めいめい持ち寄りの丸太を集めて筏を作つた
それから永遠の潮《うしほ》に棹さした
帆をあげた
波は荒くとも
しけであるとも
自分等は行きつく果てまで行く歌をうたつた

おお敗殘者よ
敗殘者よ
自分等は多くの溺るる人を遠くに見た
自分等はそれを見過して行かねばならなかつた
自分等の目の前には常に大きな敵がゐる
いき引くばかり空中をあふつて來る熱風
大旋風
出づる處を知らずまた行く處を知らない敵よ
自分等はそれと鬪つて行くのだ
山から山へ波のうねりをのして進んで行くのだ
ああ目なく耳ない氷山よ
永遠に背を見せて走る潮流よ
自分等は無言の恐怖の世界のなかを
前のめりに進んで行く

おお敗殘
みじめ
底知れぬ波間に溺れゆくものよ
君等をふり棄てて行く氣は堪へられないけれど
自分等の目の前には恐ろしい敵がゐる
後ろ髮をひかれながらも
自分等は前のめりに進んで行くのだ
ああ弱いもの、まゐつてるものは永遠に振り棄てるのだ
いつ逢ふか知れない世界に離《はな》れ離《ばな》れになつてしまふのだ
おお筏に折よく這ひ上がれた人は這ひ上りたまへ
棹をさし
帆をあげ
舵をまげろ
その船頭役は吾れ吾れ少數者がやつて行く

吾れらが舷燈は唯だ一つしかなく
吾れらが舷燈は船首にかかつてゐる
吾れらが舷燈は光力が鈍いが
吾れらが舷燈は行く先きを照らしてゐる
油壺の油は吾等の涙である
深かい涙である
夜の暗を照らしてゐる
斯くして永遠に吹きつのる風に逆うてゆく
暗の落ちつく先きは知らないが
斯くして進んで行く
ああ搖すれゆすれて休む間もない
吾等の筏に
夜な夜な輝く星よ
ふきつのる嵐よ
大うねりする波の回轉よ
そのたけり聲よ

夜が明けて晝になる
荒れはやむ事はない
ああその中に見る
太陽よ
吾が血を充ちふくらせるその熱度よ
空中にががんとして燃える大銅盤
おおその下をふく熱風
あらゆる生物《せいぶつ》をしをれ返へしてゆく極熱風

あるひは霰ふり
吹雪ふきちり
氷山流れ
埋葬の黒い鳥がさけぶ
極北よ

ああ吾が筏はかかる中をゆく
ああ吾が筏はかかる中をゆく
陸にゐるものは知らず
遠くにわかれわかれに溺れてゐるものは知らず
目見えぬものは知らないけれども

ああ吾が筏はかかる中を行く
ああ吾が筏はかかる中を行く
充ちふくれて行く格鬪の力を感じながら
えいえいえいと乘り切つて行く
いつかはこの暴逆な大洋を自由自在に乘り廻し
あらゆる嵐

みじめ一切を外にして
氷結、睡り、死一切を外にして
強烈異常の船一艘
作る力を感じつつ

  太陽崇拜 ――八月十一日

ああ太陽よ
自分は君を愛す
君は一人であつて
あらゆるものに超越してゐる
あらゆるものを愛してゐて
常に君は孤獨である

君は絶え間もなく自轉してゐる
のびちぢみしてゐる
そして進んで行く
無限に生れて無限に走つて行く

君の運行する線は
空しいけれども
君はその何もない所を
ある如く走つてゐる

君は空しくぶらさがつてゐるのでない
絶えず内から
中心から
ぐるぐる力を出してはずんで行くのだ

ああ眩《まぶ》しい光を放して
空間から空間へ移つて行く
君よ
めげず
出し惜しまず
燃えてゆく
偉大な運行者よ

君はひとりだ
しかも萬人を愛してゐる
常に萬物の先きになつて
あらゆる暗い影に
君の光をさして行く

ああ君こそひとりである
唯だひとりである
自分は君を崇拜する
あらゆるものに先立つて運命をひらき
常にひとりであつて
とどまる所を知らない
君よ
その行く果てを知らない
君よ

ああかくの如き運命のなかにあつて
めげず力拔けせずたゆみなく行く君よ
ゆるみない君よ
うちからうちから全面に燃えかがやく君よ
なにものも助けなく
その出す力で空中に浮び
無限のなかに進みゆく君よ

自分は君を思ふとき
ちから湧く
嵐吹き
雨じとじと降り
みじめのどん底に沈んでゐる時でも
力湧く

斯くして自分は君を崇拜するのだ
嵐の上に張り充してゐる君の力を感ずるのだ
この嵐と鬪うて行く力を感ずるのだ
やがてこの嵐を壓倒して行く力を感ずるのだ

ああ萬物の先きになつて
常になに物も手をつけない先きにつける君よ
淋しいを淋しいとせずはずんで行く君よ
ひとりの君よ
内から光となつて全身ひかり輝く君よ

自分は君を崇拜し君を讃美し
君とわれとの愛を邪魔するあらゆるものを斬り伏せて
踏みこえて
君へ行く

ああ、あらゆる人間よ
心ある多くの兄弟よ
彼を崇拜し
彼を讃美して
共々に力合せて進まう
彼を崇拜し
彼を讃美して
あらゆる艱難慘苦を踏み越えて進まう
あらゆる邪魔一切を切り離して
偉大な彼の正體と
全面と
共々に手をとりあつて生き得る所へ進まう

  自分は太陽の子である ――八月十一日

自分は太陽の子である
未だ燃《も》えるだけ燃えたことのない太陽の子である

今《いま》口火《くちび》をつけられてゐる
そろそろ燻《くす》ぶりかけてゐる

ああこの煙りが焔《ほのほ》になる
自分はまつぴるまのあかるい幻想《げんさう》にせめられて止まないのだ

明るい白光《びやくくわう》の原つぱである
ひかり充ちた都會のまんなかである
嶺《みね》にはづかしさうに純白な雪が輝く山脈である

自分はこの幻想《げんさう》にせめられて
今|燻《くすぶ》りつつあるのだ
黒いむせぼつたい重い烟《けむ》りを吐きつつあるのだ

ああひかりある世界よ
ひかりある空中よ

ああひかりある人間よ
總身眼のごとき人よ
總身|象牙彫《ざうげぼり》のごとき人よ
怜悧《りこう》で健康で力あふるる人よ

自分は暗い水ぼつたいじめじめした所から産聲《うぶごゑ》をあげたけれども
自分は太陽の子である
燃えることを憧れてやまない太陽の子である

  ああ自分のぼんやりした夢を ――八月十六日

ああ自分のぼんやりした夢を醒してくれた自然よ
自分を生きたものにしてくれた自然よ
水先案内の如き君は
いま姿をくらまして
自分ひとりを殘してゐる

いま自分は舵をとる
帆を張る
石炭を抛り投げるシヤベルをとる

自分は絶え間なく君を夢みながら
君の叫んだ聲
自分のかつて叫んだ聲を
また叫ばんとして海に乘り出してゐる

  ひかりを慕ふ歌 ――八月十六日

自分は暗い
自分はまづしい
自分はじめじめしてゐる
自分はひとりぽつちだ
自分は行きづまつた
自分は一時めもあてられなかつた

自分があかるさを求め
かしこさを求めるのは
斯くの如くであつた自分である
それらの奧にひそんでゐる心から
今叫び出したのである
斯くして自分は永久にひかりを求めてやまない
光の子である

  日本の文學者に與ふる歌 ――八月十六日

    ※[#ローマ数字1、1−13−21]

詩人小説家といふ言葉は實に厭な言葉だ
そして諸君はそのあまりに詩人小説家らしい
自分は諸君と人間同志として握手する
自分は日常生活のごろごろだ
まるたんぼうだ
このまるたんぼうが途徹《とてつ》もない大きな望みを懷いてゐる
それでよろしければ自分は諸君といつでも握手する

    ※[#ローマ数字2、1−13−22]

自分はどぢだ
別に新らしいものも何も持つてゐない
自分はどぢの骨張で
そのどぢを世界の最も偉大な聖人にしたいと思つてゐる
これが今いうた自分の途徹《とてつ》もない大きな望みだ
聖人には隨分なりたい
今は諸君の憎まれ者かもしれないが
今は諸君のうとまれ者かもしれないが
自分はゆくゆくあとは世界最大の聖人になりたいのだ

ああ自分はどぢであるが爲めに
萬事萬端まがぬけてゐるが爲めに
かかる聖人になり得る資格がある
自分はその點で今いちばん人から後《おく》れがちだがあとでいちばん進んだ人間になる
若くはあらゆる難《むづ》かしいものは皆僕へ來てほどけるやうになる
人生の缺陷《けつかん》
躓《つまづ》き
災害
怪我
間のびてどうにでも倒れるもの
ほろびるもの
うらなり
ぐにやぐにやしたもの
皆確かな生命を吹きこめられる
活溌な生を感じる
彈力がつく
どんでんがへしにはずんで生きる

世界はこれまで暗いものが勢力をしめた
シエクスピアのハムレツト、マクベス、オセロ、ロメオとジユリエツト
ウオーヅウオルス、エドガア・ポオ、ヴエルレーヌ
暗い中から美しい寶石のときめきを見せたアルツウル・ランボウ
幻惑的《げんわくてき》なジヤン・モレアス
行きづまつた苦しいフロオベル
發狂したモオパサン
ガルシン
アンドレーフ、チエホフ、ソログーブ
惡魔の讃美者、死面《しめん》のボオドレエル
ヘツダ、ヤルマアル、グレエゲルス、オスワルド、涙も出ない現實生活の苦痛や悲慘
すべて君等に萬遍なく包まれた暗黒の殼を破つて
光明に眼《まなこ》みひらいたのは僕等である
地殼を破つて出た子である
躍り出した子である
永遠に光明を憧れてやまない光の子である
どぢなる自分は斯くして世界最大の聖人になる
もつとも多く太陽を吸收する子である
太陽の子である
斯くして段々成長する
斯くしてどぢなる自分は最も光を吸收し
聖人になる

    ※[#ローマ数字3、1−13−23]

斯くの如き自分は諸君の作一切を否定する
諸君は根もない暗黒を好むから
もつと自分を突出して云はないから
きめてものにかかつてゐるから
いつまでたつても同じレフレエンだから

諸君はめいめい自分の一番欲求するものに
熱心
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