に突つかからない
熱心の度が淺い
だから自分とは永遠に遠い
今見たいでは永遠に離れる
手を握る折りがない
握つても力が這入らない
永遠に離れる
自分はひとりになつても一向かまはない
孤立は覺悟の上だ
自分程人間を愛して一緒になりたがる人間もすくないが
自分程兎角人と離れ勝ちな人間もすくない
けれども自分はいつでもあらゆる人と手と手を握り合つてゐる
自分は人は好きだ
後ろから後ろと手を廻して握り合つてゐるのだ
向ふはさう思ふまいが握り合つてゐる
今はそれだけより出來ない
出來ないから明《あか》るみへ出て公然《おほぴら》に握りたいと思ふのだ
自分は暗闇《くらやみ》に埋れたものを明るみへさらけ出す
しかも美しく強くさらけ出す事が出來る光の子なのだ
しかし今自分のすることはぎらついて
厭かもしれないが
氣やみ患者が明るみを厭がるやうに
僕のする事は嫌がられるかもしれないが
自分はかまはず荒療治をして行くのだ
がむしやらに出て行くのだ
冷酷無殘にやつて行くのだ
人がまゐらうが倒れようが顧慮せず一切やつて行くのだ
地に泰平《やすらかさ》を出さんが爲めに吾來れりと意ふなかれだ
人をその父に背かせ女をその母に背かせ嫁《よめ》をその姑に背かせんが爲めなりだ
爲めなりだ
だから自分はいつもひとりぽつちだが
永遠にまゐらない
君等を友にしないことで永遠にまゐらない
自分の友は道ばたの漁師や不良少年やうろつきものから出てくるのだ
自分にひとりでについて來るのだ
彼等が永遠の人間になるのだ
ああ君等よ
君等と同じ人間であつて
自分は斯くの如く君等を輕蔑せねばならないのだ
無視せねばならないのだ
自分と君等との大きな相違點は
工匠《いへつくり》の棄てた石を家の親石にするのだ
眞理の燈《ともしび》を桝《ます》の下から出すのだ
一切の邪魔物をとり去つてその光をあらはにするのだ
砂の上の家を無殘に突き飛ばして
岩から新しい家を建てるのだ
どんな家かも知らない君等とはだから永遠に離れるのだ
自分もその家はどういふ家か解らないが
四方の城壁はががんとして大きく
白堊岩《はくあがん》よりも銅の鏡板《かがみいた》よりも堅い光つたものにしたい望みだ
屋根もわからず
鐘樓もわからず
尖塔もわからないけれども
土臺《どだい》の仕事はやや出來てゐる
流動する水のやうだけれども
コンクリートより丈夫だ
柱はふらつくやうだけれども
それにかかつては鐵骨の髓も片なしにくづ折れてしまふ
ああ城だ
城だ
白くががんとした美しい城だ
この城の土臺に穴をほじくつて行く蟲のやうに
自分はしみじみとしながら生きてゐる
押せばつぶれるやうなもろさを強めるに
穴をほじくつてゐる
それに永遠の生命あるものをつめかへる
埃《ごみ》のやうに小さいけれども
吹けば飛ぶやうに小さいけれども
地球を負ふアトラス程の力あるものを
世界の中心に眞直《まつすぐ》に線《すぢ》をひいて外づれる事のないものを
そこに入れるのだ
斯くして力がある
永遠に拔けることのない力がある
※[#ローマ数字4、1−13−24]
自分は諸君に考へて貰ふ
海底に働いて沈沒船を引上げる
潜水夫を
彼等はハンマアを持つて船の破れ口に板をはめ
鋲を打ち
斯くして内と外との水の交通を途絶して
船中の水をポンプで掻い出して
船を水面へ浮游させるのだ
ああ斯くして船は思ひも掛けない白晝《まつぴるま》の明《あかる》い世界へ出る
彼等の鋲を打つ手
破《やぶ》れ口をふさぐ手はのろくさいけれども
こののろくささに堪へきれなくて
腹が立つ人があつたら
自分も共々に潜水夫になれ
世界の多くの斯かる人は盡く潜水夫になれ
その高くとまつて何《なん》の彼のといふのを止してハンマアをとれ
勞働者になれ
斯くして吾が手に打つ鋲一つが船の浮ぶのを一瞬でも早めるものである事を知れ
如何にしてどんな具合で浮ぶかはいまの時として解らないけれども
吾がなす事が船を浮める所以である事を知れ
ああ水夫になれ
あらゆる人々
幾千年前からして海底にゐた人生は
暗闇《くらやみ》にせめぎ泣き悲しみ
むだに苦しみ
暗から暗へ葬られてゐた人生は
斯くして今いづことも知れない海上へ浮び上げる人類の力を待ちつつあるのだ
光みなぎる青空のもとに
跳躍させる人類の手を待ちこがれつつあるのだ
※[#ローマ数字5、1−13−25]
自分は今このハンマアを握つて辛苦する
聖人になりたい
打つ鎚が常にねらひ外づれず打ちつづけられる
聖人になりたい
永遠に打ちつづけて倦むことを知らない
聖人になりたい
自分はまた彼の石に穴をほじくる
頭《づ》の固く齒の強い蟲になりたい
貪ぼつてやむことのないその蟲に
あらゆるものを斯くして食ひ亡ぼして行きたい
そして強いものを出して行きたい
斯くの如き聖人になりたいのである
山ほどある勞働をものともせずやつて行く聖人に
ああ自分はどぢである
世界最大のどぢである
斯くの如きどぢが今斯くの如きのぞみに向つて行きつつあるのである
ああ底に隱れてゐる愛のために
底に忍び泣きしてる生命のために
おきざりになつてる魂のために
世界の最もおくれたものに
片足突つ込んでゐるのである
わがまま者の歌 ――八月十六日
自分は小供の時泣蟲といはれたが
あまり泣いたことのない子だ
人が死んでも泣いたことがなかつた
ただ自分が一度あまりに馬鹿だと氣がついたとき
前後を忘れて泣いた
聲も涙も一度に爆發して來た
あれは二十歳《はたち》位の年であつた
自分が若しこの時涙の味を知らなかつたら
一生眞に泣くといふことを知らずに過したらう
惡いものにぶつかればぶつかる程力が出る
負けがこめばこむ程力が出る
自分はそれだけ光を追うてやまない子だ
追ひ廻してやまない光の子だ
つまづけば直ぐ起き上る
そしてまた立直つて行く
それは眼に涙がたまつてる事はあるだらう
しかし自分は泣いてなんぞゐられない
そんな所に片時もぐづついてゐられない疳癪持ちだ
冷酷だといふものは勝手にしろ
山上の火よ ――九月
山上《さんじやう》の火よ
爆發《ばくはつ》する淺間よ
灰色なる暴風よ
流るる如く梢を靡かせる山林よ
をやみない流動の聲よ
君は絶えず爆發する
唸《うな》る
電《いなづま》を閃めかす
東京の靜かな街の十文字に自分がふと立停るとき
四方に電車が別れ別れに遠去《とほざか》るとき
自分は君を思うて嘆息する
憧憬する
ああどこにああいふ強い力が君にあるか
爆發せよ
君よ
街を人は歩いてゐる
煙草屋の店先に三四人ひと集《だか》りしてゐる
おお爆發せよ
君よ
灰色の暴風を吹き給へ
おお自分は嵐を讃美する
都會の屋根が大雷雨の下で
青くひつそりとしてゐるのが好きだ
暗い中からぴかりとするのが好きだ
ああちぢこまれる人間よ
息を殺してゐる人間よ
目に見えない力が
僕等の眼の前に迫つてゐるのだ
暗闇《くらやみ》にさして來る大潮《おほじほ》のやうに
この日中《につちゆう》に裸出してゐるのだ
おお空中よ
埃《ほこり》で眞白《ましろ》い
この中に嵐が潜《ひそ》んでゐる
爆發がひそんでゐる
全世界の祕密が常に隱れてゐる
自分はその大道を大跨《おほまた》で濶歩してゐる
どしりどしりと歩いてゐる
そして腹の底からわなないて來る歌を感ずるのだ
勢ひのよい眞に微妙な歌を感ずるのだ
ああ平原のかなたに ――九月一日
ああ平原のかなたに
夜はまだ明けない
星は霧の中にさざめき
水蒸氣は冷く叢《くさむら》をうるほしてゐる
わが命は濡れて渇《かわ》くことなく
わが戰ひの旗は肩越しにしをれてゐる
ラツパは夜なかの夢をつづけ
兵隊は闇間《やみま》に起き伏す草のやうに眠つてゐる
かかる中にわが魂は目醒《めざ》めて
一線になつてゐる敵を見る
遠い睡つてゐる地平線のさきを見る
葉摺れの中にただひとりめざめて
永遠に醒めてゐる目が一つある
それが敵を見る
睡れる味方と敵の中に
唯ひとりめざめてそれを見る
白い蛆蟲の歌 ――十月二日
[#ここから3字下げ]
[#ここから横組み]“Je suis le fils de cette race
Dont les cerveaux plus que les dents
Sont solides et sont ardents
Et sont voraces.
Je suis le fils de cette race
Tenace,
Qui veut, 〔apre`s〕 avoir voulu,
Encore, encore et encore plus.”
“Ma race.”――Verhaelen.[#ここで横組み終わり]
[#ここで字下げ終わり]
ああどうしても
どうしても
君は生命の蛆《うじ》だ
どんらんな白い蛆だ
輝《かがや》くはがねの兜《かぶと》より頭《づ》が固く
二枚の出齒はどんなものでも噛みつぶす
ああその君こそあらゆる堅いものを
美しい日のもとに輝かすものだ
天日《てんぴ》に美しくさらすものだ
世界の光景を一變させるものだ
われはその爲めに生れて來た戰ひの子だ
かくも強い頭《づ》と出齒を獲物にもつて生れた健鬪の子だ
男性の歌 ――十一月十七日
世界中の人が苦しい顏をしてると
自分は烈しい羞恥《しうち》の心が起る
自分は斯うしては居られない
斯うしては居られない
ニイチエは超人《てうじん》と普通人を比較して
普通人を猿として笑つた
自分が世界中の人間が猿みたいに見えると
烈しい羞恥の念が起る
自分は斯うしては居られない
斯うしては居られない
自分は人間に生れた筈だ
確かに人間として生れた筈だ
吾れにしろ君にしろまた彼れにしろ
おお彼れにしろ
底本:「日本現代文學全集 54 千家元麿・山村暮鳥・佐藤惣之助・福士幸次郎・堀口大學集」講談社
1966(昭和41)年8月19日初版第1刷発行
1980(昭和55)年5月26日増補改訂版第1刷発行
初出:「太陽の子」自費出版
1914(大正3)年4月発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:川山隆
校正:土屋隆
2008年8月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全6ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
福士 幸次郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング