らのやうに生きる『墓標』を書き、食慾より以外何ものもない人生を嘆いた『フアンタジア』『鍛冶屋のぽかんさん』を書き、暗《やみ》のおびえの『扇を持てる孤兒《みなしご》の娘』青春の衰へを星雲《せいうん》の中に齒がみして死ぬ生き埋めの如き自分の『一生』を書いて殆んど再び行き詰りの絶頂に達《とど》いた自分は突如として生の勢のよい『發生』を感じた。自分は生きる。發育する。今までのあらゆるものを突き放して新しい世界へ思ひ切つて飛び込む。自分の今までは死の世界であつて生きる爲めに目を開いた世界でない。生きる爲めに力を出した世界でない。自分は第一自分の肉體といふものを少しも愛したことはない。これを殺さうと思つても生かさうとして努めた世界でない。實に此の人生に自分が生れたといふことも容易ならない事件でないか。此の死の世界の中に自分がそもそも産聲《うぶごゑ》を擧げたといふのも實に強い聲ではなかつたか。この世界の中に新しい一つの存在、無くてかなはぬ一つの存在を與へたのでなかつたか。ああその自分を吾れから殺さうとしたものよ。新しく發生せよ。
 斯くして自分の世界を觀る目は一變した。見る見る自分の心は霜枯の草が春
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