沈默した通行人は忙がしく
そして熱してすれ違ふ

窓から花のかざりがさがり
甃石の上をふむ群集の赤い影
褪色《たいしよく》したしかし芳《かんば》しい午前《ひるまへ》の香ひが
樺色のケツトのやうな刺激をつゝむ

折々電車の響はおどかして過ぎ去り
温く乾いた灰色の窓々は
音ある方に一心に瞳をあつめる

群集は舞踏でもする樣な足取《あしど》りで
赤く汗ばんだ顏をして
日向《ひなた》と日陰《ひかげ》をみだれ歩く

しかし弱々《よわよわ》しく晴れて
塵埃《ぢんあい》の多い空
いろいろな群集の帽子にこみあつて
温い刺激がふくれる

  薄白いともしび ――八月十日

蝋燭をとぼしなさい
ふかい影が落つる
焔《ほのほ》の下に
その私の指にふれてゆく
壁の下に
か弱い幻影《まぼろし》が眠つてゐる
私はあの日から室内を歩み
たどたどしい思ひを讀みながら
暗い廊下を眠りながらゆく

その眠りになやましい
指のあと
虚《うつろ》な窓に吸はれてゆく
一と時の薄白さ

  冬 ――九月二十五日

かざりない生活の
町の街燈《がいとう》――
微笑しながら涙をふいて町の街燈
降りそそぐ柳の霙《みぞれ》は
絶間《た
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