せんやまんや》の燈明《あかり》の街《まち》に
咲いてものがなしい月のダリヤ
生《なま》な眼色《めいろ》は燐火《フオスフオラス》を吸ふ青びかり
肌着の緋襦袢《ひじゆばん》にぬくぬくと、うづめる※[#「ぼう+臣+頁」、第4水準2−92−28]《おとがひ》の心細さ悲しさ
ガスはかがやくとも
座敷の夢はとほく曇り
白粉《おしろい》にとかされた涙にぞ青白いガスマントルの疲れやう、廓暮《くるわぐら》しの疲れやう
赤い唇《くちびる》に寐息《ねいき》を吸ふ月のダリヤ
赤い唇に寐息を吸ふ月のダリヤ
人足《ひとあし》くらい江戸町《えどまち》に
月のダリヤのメランコリイ
心
[#ここから3字下げ、折り返して4字下げ、19字詰め]
グレエゲルス 君のいふのが本當で僕のいふのが嘘なら、人生は生きてる價値がない
レルリング なあに人生は至極らくになるさ、たつた一つあの難物の借金取りさへ追つ拂へたらね、始終僕等貧乏人をはたつて苦しめる理想の要求といふやつを
グレエゲルス (前方を直視して)そのことでは僕はうれしい氣がする、自分の運命が何であるかと思ふと
レルリング 失敬――その君の運命といふのは?
グレエゲルス (去らんとして)テーブルの十三番目だ
レルリング へん、くだらない
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ]ヘンリツク・イブセン『鴨』
[#地から2字上げ]明治四十五年――大正元年
心 ――一月二十五日
(大困難に逢つた時私の胸はをどる……
かなしいかな私の心は
喜びを封ずる佛《ほとけ》の火
燃えてひらくことなき灰《はひ》の像、胸の錠《ぢやう》――
鎖《くさり》はながく苦をつづり、薄暗にたれさがる鎖
目に見えぬ精靈《せいれい》のあやしさに
さけぶは苦痛の日陰《ひかげ》の鳥……)
(たえて喜びに胸ひらくことなく――
併しながら感謝します、貴方がポオを私のために得て、喜んで下さつたことを!
日陰《ひかげ》の鳥は『鴉《からす》』ですよ
ゴオホには底まで靜かに思ふ魂がある!
ポオには底まで沈む惡魔がある!
ああ誰かないでせうか、底の底まで憂鬱に胸をひらくその兄弟――
叫ばず、嘆かず、落ちてゆく兄弟!)
[#地から1字上げ]Poe の Tales を贈つてくれたS――へ
音樂師 ――一月二十五日
林は陰《かげ》つくる程枝しげり、葉は息《いき》づき――
小鳥は太陽の下に吾が影法師を走らす
蟻はその明暗《めいあん》に、草の香ひに白い妄像《まうざう》をゑがきながら
雀の卵をかたい光る城だとまどろみながらゆく
うつつに絹の鋭どい夢を追ひまはして
世界は暗闇《やみ》だと――そして光明だと指は鍵盤《けんばん》を走る……
幻覺の月夜 ――一月二十五日
ここに輝く月の世界
青い樹陰《こかげ》にもの憂い光り
過越《すぎこ》し方に唯だひとつ叫ぶは風の林の枝
死は唯だひとつ
沈默の――
月はひろびろと青い猫
夜《よる》は叫ぶや風の林
幽靈 ――二月八日
がらんどうな心に
青白い口火は忍びやかに燃え
雪明りの中を吸はれるやうに
臆《おく》した狼はゆく
果《はて》しない沼は氷に陰くらく
脈うつ影法師は
永遠の嘆きをさまよひあるく
やがては口火も消える時
果《はて》しない沼は幽靈の柩《ひつぎ》の堂
氷の寺院――
底なき水におぼれ沈む
FANTASIA ――二月
船腹《ふなばら》に――
足駄の齒鳴る古橋《ふるはし》を
今はうつつに波まくら――
單調に盲人《めくら》はおもふ
薄がはの銀の時計のチクタクと
船底《ふなぞこ》の水をかなしみ
水底《みづそこ》の魚のいのちは食慾の
魂《たま》をもとめる――
墓標 ――二月
淺い地蟲《ぢむし》の亡《な》き骸《がら》に
櫻實《さくらんばう》が熟《う》れました
味氣《あぢき》ない世に葬禮《さうれい》の柝《き》を叩《たた》く
醉《よ》うた女房達《にようばうたち》が柝を叩く
淫《たは》れ心の紅眞珠《べにしんじゆ》――キスの音《おと》
おれは死を戀ひ
きやきやと月夜烏《つきよがらす》の齒が痛む、一《ひ》と夜《よさ》明《あ》けた醒めごころ
葉陰《はかげ》の水に醉ひ醒めて
刹那《せつな》刹那の涙を賣る
空耳《そらみみ》に鳴る拍子木《ひやうしぎ》やキスの音《おと》を
晝間の夢に聞き流して
餓《う》ゑる赤兒の泣き聲を
思ひ出しては耳すまし――
跫音《あしおと》、跫音
洪水前の夜の REVERIE ――六月十三日
※[#ローマ数字1、1−13−21]
警鐘《けいしよう》が陰氣《いんき》に響いてくる
永遠の夜氣《やき》はその相間《あひま》にしんとした闇をたどり
檐《のき》の寢鳥《ねとり》はくくくと悲しさうに空氣をふるはせてなく
河口《かはぐち》、街角《まちかど》、工場の屋根
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