ニスラウスは一層居丈高になつて、吭《のど》に支《つか》えて眠つてゐる詞を揺り醒ますやうに、カラの前の方を手まさぐつた。そして光沢のない目で、再び二つの腕附きの椅子を見遣つて、「あそこで」と一声云つて、人々の目が自分の目の跡に附いて、同じ椅子に注がれるのを待つて、さて跡の詞を言つた。「あそこで八年前に、憫むべきわたしの兄は瞑目した。神の慈愛は彼《かれ》の上にあれ。兄の最後の数語は我等一族の休戚《きうせき》のために思を労したものであつた。絶息する一日前に、彼はわたしに謂つた。どうぞ互に仲善くして助け合つてくれと云つた。その兄の要求した通りに、我々は親密に和合して、今日《こんにち》彼の第八週年忌の祭を施行するのである。我々が平穏に、健全で、猶久しく彼のために記念祭を行ふやうに、神は我々に恩恵を垂れ給へ。我々の同胞。」こゝまで云つて、句切をして、スタニスラウスは女主人とフリイデリイケとの顔を見て、「我々の慈父」と云つた。それから今丁度内証で、そつとパンの欠《かけ》を湿つた指で撮んで口へ持つて行つてゐるオスワルドに目を移して、「我々の懐かしい祖父」と云つた。「我々の懐かしい祖父の尊霊が此席の上に
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