レエネの顔に注いだ。イレエネは自分がフオン・ヰツク家の娘だと云ふ資格以上の自信を有してゐる女である。イレエネはをぢさんの此一瞥を恭しく受け取つて、周囲の一同がひつそりと黙つてゐる中で、さも手が懈《だる》いと云ふ風に、持つてゐた果《くだもの》を剥《む》く小刀を、Wの上に冠のある印の附いた杯《さかづき》の縁まで上げて一度ちいんと叩いた。
この小なる原因は大なる結果を現した。食卓にゐる丈の人の手に持つてゐた武器は、大層嬉しさうなのと、それ程でもないのとの別はあつても、皆多少の忙《いそが》はしさを見せて働いてゐたのだが、それが一斉に運動を止めた。そして此人々の膝の上にあつたセルヰエツトは、それ/″\の手に掴まれて、軍使の掲げる旗のやうに、休戦と平和とを表《へう》して閃いた。
家兎《かと》のやうな目をしてゐるフランス女は、子供の手から匙をもぎ取つた。
「Que veux−tu?」猫のおこつたやうな声で、子供が云つた。
女教師《ぢよけうし》は非常な恐怖を顔に見せて囁いだ。「Fais attention!」
此騒動のために、スタニスラウスの口から出た最初の数語は、丸で人には聞えなかつた。スタ
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