き取れなかつた。
スタニスラウスは何事に依らず、早く片を付けたい性分だから、こんな形式的な事件が手間取るのを不愉快に思つて、もう声に優しみを加へることをも忘れて、荒々しく叫んだ。「おい。ヨハン。達者か。」
一同耳を欹《そばだ》てた。フリイデリイケも、女教師も、アウグステをばさんも黙つた。小さいオスワルドは熱心に何事か聞かうと思つて、フオオクに突き刺した肉を口に入れるのを忘れてゐた。
今度はヨハンにも聞き取れた。そこで尊敬を忘れずに心易立《こゝろやすだ》てをも敢てする老僕の態度で、スタニスラウスの白髪頭の上へ首を屈めて云つた。「難有うございます。ペエテル様。」老僕は先先代に対して、外の一族の人達と区別する為めに、こんな風に名を言つてゐたのである。一言一言念を入れて、思ひ出し思ひ出しして言ふやうであつた。それを聞いてゐたフリイデリイケは、久しく巻かなかつた時計が時を打つのを聞くやうに感じた。中にも「ペエテル」と云ふ前には老僕が大ぶ長い間を置いたので、この名をはつきり言つた時には、気を付けて聞いてゐた一同の耳に、それが異様に響いた。
スタニスラウスはぎくりとした様子で、顔色が真つ蒼に
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