の主人にも、先先代の主人にも、フイレエ肉を差し上げたことのある、この老人の顫えてゐる手から、祝福を受けるのかと思はれるやうであつた。それから女主人は丁寧に爺いさんの麻の手袋に会釈した。
爺いさんは鳥瞰図的に一座を見渡して、さて少佐夫人リヒテルの紫色の帽子に目を移した。夫人はどの肉にしようかと皿の中を見廻してゐる。爺いさんは、この紫色の帽子の下に隠れてゐる首は誰の首だらうかと思案し出した。暫く立つてから、この奥様はたしかに故人ペエテル様の奥様で、カロリイネ様だと極めた。カロリイネ様には、丁度三十年|前《ぜん》に鹿の肉を差し上げた筈である。今お給仕をする奥様はどうしても百歳にはなつてお出なさる筈である。かう思つて爺いさんは謹んでお給仕をしてゐる。この老僕のためには、千年も一日のやうである。そこで次に皿を差し出す檀那は誰様だらうと思案したが、これはカロリイネ様の御亭主でペエテル様だと極めた。もう大層なお年であらうに、好くお達者でお出になると思つて、スタニスラウスに給仕した。そんな風にどの人をも先々代時分の人だと看做《みな》して給仕をしてとうとう小さいオスワルドの所へ来た。そしてこの子供をス
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