つてゐた鹿のフイレエ肉を、割合に調子好く手に載せて、滑かな床板の上を旨く歩いて来るのである。
 ヨハン爺いさんはもう余程前に隠居して、何代目と何代目とのヰツク様から恩給を戴いてゐるとか云ふわけである。それが偶にけふのやうな、重大な儀式があると給仕に出て来る。さういふ時爺いさんは紋にConstantia et fidelitasといふラテン語の鋳出《ゐだ》してある、銀の控鈕《ボタン》の附いてゐる、古い、地の悪くなつたリフレエ服を着て、痛風で曲がつた指に、寛《ゆる》い白麻の手袋を嵌めて出て来る。その様子が骸骨に着物を着せたやうに見える。
 丁度枯葉が風に吹れて飛んで来たやうに、爺いさんは卓の端まで来て、女主人の席の背後に引つ付いた。半盲《はんめくら》になつてゐる目が、薄暗い食堂の中の物を見分けるまでには、余程暇が掛かる。その暇を掛けてからでも、奥様がこゝにゐられる筈だと思つて、皿を衝き出すのは、目で見てすると云ふよりは、大抵この辺だらうと、想像してすると云つた方が好い位である。
 女主人は肉の小さい切れを、大骨折をして皿に取つた。それから附け合せの蒸米《むしごめ》を取つたが、その様子は先代
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