、あの黄いろい長椅子の上でございましたね」と云つた。これを始として、一族のものは互にあの椅子、この椅子と指ざしをして、どれでは誰、どれでは誰と、一族の男女《なんによ》が腰を掛けて死んだと云ふことを数へ合つた。今先祖の尊霊になつてゐられるどなたかが、腰を掛けて死なれたことのある椅子の数が多くて、誰も腰を掛けてゐて亡くなつたことのない椅子が偶《たま》にあると、ひどくその椅子丈が幅の利かないわけである。そこでその恥辱を最も深く感じたのは、アントン・フオン・ヰツクの臨終に逢つたといふ椅子の隣にある、金巾の覆ひのしてある今一つの椅子である。
食事の休憩時間が少し長引き過ぎた。そこで女主人《をんなあるじ》は指尖でベルを押した。
一同はまだ誰がどの椅子の上で死んだとか、誰は死ぬる前になんと云つたとか数へ立ててゐる。フリイデリイケはぼんやりした笑顔をしていつもこんな場合に繰り返す話をしてゐる。それはお祖母あ様が亡くなられる時、フランス語でなんとか云はれたと云ふ話である。そこへベルの音を聞いて、ヨハン爺いさんが出て来た。爺いさんはもう何代前からか、この家の附属物になつてゐるのである。さつきから捧げ持
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