く。)うむ。そんな事をいったって、お前には分らないはずだった。(手持|無沙汰《ぶさた》に、ほとんど恐る恐る。)マッシャ。この花はお前に遣《や》る。(娘はいよいよ呆れ、何事とも弁《わきま》えず、目をいよいよ大きく見張る。画家は何といわんかと、思い惑う様子にて。)それからこの柑子もお前に遣る。そしてお前と一しょに食べようじゃないか。そしてな。これからは柑子が出るたびに、いつでもお前と一しょに食べようじゃないか。
モデル。(忽然と非常なる喜に打たるる様子。)まあ。本当でございますか。
画家。(娘を抱《いだ》く。)己が悪かった。勘忍してくれい。(娘は顔を画家の胸に押付く。画家は徐《しずか》に娘の髪を撫づ。娘忽ち欷歔《ききょ》す。画家小声にて。)どうしたのだい。なぜ泣くんだい。
モデル。(泣笑《なきわらい》。)でもまたわたしの胸がこんなになっては、あなたがかかれないと仰ゃいますでしょう。
画家。(優しく。)ほんにお前は。
モデル。わたしは胸一ぱいになって、どう致して宜しいか分らないのですもの。(画家|徐《しずか》に娘の前に跪《ひざまず》き、娘を見上ぐ。娘両手にて画家の目を塞《ふさ》ぎ、顔次第に晴
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