にそうですね。実は少し面喰《めんくら》ったのです。どういうわけだかあなたはきっとヴェエルを被《かむ》っていらっしゃるはずのように思っていたもんですから。
令嬢。そうでございますか。こんな風な訪問を致す時はヴェエルを被《かむ》るものでございましたかねえ。
画家。そんな事をいっちゃあいけません。ただ何がなしにそんな気がしていたのです。
令嬢。御心配なさらなくっても、ようございますよ。わたくしの這入って参ったのは、誰も見てはいませんでした。
画家。(間の悪気に。)わたしはそんな事は何んとも思ってはおりません。さあ。どうぞ。(部屋の中へ入《い》れと勧むる振《ふり》を為《な》す。)
令嬢。(笑いつつ。)も少しで余所余所しくお嬢様とでも仰ゃりそうな処でしたね。そうでしょう。(歩み近付く。)
画家。いや。どうも。
令嬢。お嬢様、どうぞこちらへお通りあそばしませとでも仰ゃりそうでしたのね。(手近なる椅子に腰を掛く。)
画家。(真面目《まじめ》に。)ほんにそんな事を言いかねない処でした。
令嬢。(滑稽《こっけい》に。)やれやれ。もうお互の中《なか》もそこまでになりましたかね。(二人とも笑う。)
画家。莨
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