の内をあちこち歩《あ》るきいる。折々ある絵の前に立ち留まりて、何を思うともなしに絵を見る事あり。また暫く歩きて、突然為事机の傍《そば》に寄り、机の上の物を上を下へといじり廻し、終りに壁に掛けたる袋の中よりブラシを見出《みいだ》して手に取り、上着の塵を払う。戸を叩く音す。画家は忙《いそが》わしく一《ひと》はけ二《ふた》はけ払いて、ブラシを投げ捨て、大股《おおまた》に、二三歩にて戸の処に行《ゆ》き、呼ぶ。)お這入りなさい。
令嬢ヘレエネ。(上品なる散歩服。極めて気高き態度。ブロンドなる髪。令嬢には少し老けたる年配。○画家は暫く詞無く、令嬢の顔を凝視す。)もうお見忘れなさいましたの。
画家。(急に物狂おしく。)ヘレエネさん。お待ち申していました。
令嬢。(画家が握手せんとして手を差伸ぶるを見て、徐《しずか》に右だけの手袋を脱ぎ、指輪を嵌《は》めたる、細長き、優しき手を出《いだ》す。握手。)わたくしには、あなたという事が直《すぐ》に分りましたの。
画家。でもお分りにならないはずはないではございませんか。
令嬢。しかし昼間お目にかかるのは初めてでございますからね。
画家。(少し我に返りて。)ほん
前へ
次へ
全81ページ中43ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
リルケ ライネル・マリア の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング