を上るでしょう。(紙巻の箱を出《いだ》す。)
令嬢。(紙巻を一つ取りつつ。)今日ばかりの事ですから、やっぱりヘレエネと、名を仰ゃって下さいまし。
画家。(驚きたる顔にて相手を見る。)今日ばかりとはどういうのです。あしたからはどうなるのです。
令嬢。あしたからでございますか。(間。)火を下さいまし。どうぞ。
画家。(手を動かさずに。)それでもどういうわけで。
令嬢。おやおや。自分で莨も付けなくちゃあならないのでございますのね。
画家。(慌ててマッチを付けて出《いだ》す。)どうぞ堪忍して下さい。(忽然《こつぜん》何物をか認め得たる如く。)ヘレエネと呼べというのですね。事によったらあなたは本当はヘレエネとは仰ゃらないのではないのでしょうか。
令嬢。(莨を試るように喫む。)いいえ。全くヘレエネというのでございますよ。
画家。そうですかねえ。どうも。
令嬢。あなたは莨を上りませんの。それにまあ兎に角お掛けなさってはどうでしょう。
画家。(急に腰を掛く。)さあ掛けました。
令嬢。(微笑む。)それでお楽《らく》ですか。
画家。(笑う。)楽ですとも。
令嬢。(徐《しずか》に部屋の内を見廻す。)ようござ
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