。人はたった二時間だと思っていたのでございますから。
画家。なぜ二十年というのですか。
令嬢。(快活に。)ええ。二十年位で若死《わかじに》を致したものと思って見ましたの。(画家頭を振る。)幸福の真最中《まっさいちゅう》に死んだのでございますわ。美しい死でございましょう。こんな閲歴は外の人には出来ますまいではございませんか。
画家。(嘲《あざけり》を帯びて。)あんな風になら、一人で幾生涯でも生きて見られようじゃありませんか。
令嬢。(真面目に。)ええ。それが出来ましたなら、現代人の芸術の能事《のうじ》畢《おわ》れりではございますまいか。
画家。芸術ですと。
令嬢。芸術と申しましたのは悪かったかも知れません。そんなら現代人の要求とでも申しましょうか。一つ一つの閲歴にそれ相当の調子を与える事が出来まして。それが一つ一つの全きものになりましたなら、一つ一つの生涯になりましたなら、その人は千万の生涯を閲《けみ》する事が出来ましょうではございませんか。
画家。そして千万たび死ぬるのですか。
令嬢。ええ。千万たびの死を凌《しの》ぐのでございます。そんな風にはお感じなさいませんか。
画家。どうしてそんな事をいうのですか。
令嬢。わたくしがどうしてそう思うのだか、お分りになりませんの。(立ち上る。)あなたは画家でいらっしゃいます。一日絵をおかきなさいますでしょう。それがただの一日でございますか。
画家。いいえ。勿論それはただの一日ではありません。多くの日をその一つの図に入れるのです。出来る事ならわたくしの覚えているだけの日をみんな入れるのです。
令嬢。それ御覧なさいまし。秘密を道破しておしまいなさいましたわ。
画家。なぜ。
令嬢。あなたはきのう宴会にいらっしゃる時、絵をかきかけて置いていらっしゃったのではございませんか。
画家。かいてはいなかったのです。しかし。
令嬢。でもかこうと思っていらっしゃったのでございましょう。
画家。かけるかも知れないと位は思っていたのですよ。
令嬢。(喜ばし気に。)そこでおかきなさったのでございますわ。あなたは作品に加える尺度をわたくしに加て、わたくしとあなたとの間を、一つの作品にしておしまいなさったのでございます。しかも不朽の作品に。
画家。(悲し気に。)あなたが不朽だといったって、その作品は今日跡もなく亡《ほろ》びているのです。
令嬢。あなたはそう仰
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