筧の話
梶井基次郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)一つは渓《たに》に沿った
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)日なた[#「なた」に傍点]
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私は散歩に出るのに二つの路を持っていた。一つは渓《たに》に沿った街道で、もう一つは街道の傍から渓に懸った吊橋《つりばし》を渡って入ってゆく山径だった。街道は展望を持っていたがそんな道の性質として気が散り易かった。それに比べて山径の方は陰気ではあったが心を静かにした。どちらへ出るかはその日その日の気持が決めた。
しかし、いま私の話は静かな山径の方をえらばなければならない。
吊橋を渡ったところから径は杉林のなかへ入ってゆく。杉の梢《こずえ》が日を遮《さえぎ》り、この径にはいつも冷たい湿っぽさがあった。ゴチック建築のなかを辿《たど》ってゆくときのような、犇《ひし》ひしと迫って来る静寂と孤独とが感じられた。私の眼はひとりでに下へ落ちた。径の傍らには種々の実生《みしょう》や蘚苔《せんたい》、羊歯《しだ》の類がはえていた。この径ではそういった矮小《わいしょう》な自然がなんとなく親しく――
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