彼らが陰湿な会話をはじめるお伽噺《とぎばなし》のなかでのように、眺められた。また径の縁には赤土の露出が雨滴にたたかれて、ちょうど風化作用に骨立った岩石そっくりの恰好になっているところがあった。その削り立った峰の頂《いただき》にはみな一つ宛小石が載っかっていた。ここへは、しかし、日がまったく射して来ないのではなかった。梢の隙間を洩れて来る日光が、径のそこここや杉の幹へ、蝋燭《ろうそく》で照らしたような弱い日なた[#「なた」に傍点]を作っていた。歩いてゆく私の頭の影や肩先の影がそんななかへ現われては消えた。なかには「まさかこれまでが」と思うほど淡いのが草の葉などに染まっていた。試しに杖をあげて見るとささくれ[#「ささくれ」に傍点]までがはっきりと写った。
 この径を知ってから間もなくの頃、ある期待のために心を緊張させながら、私はこの静けさのなかをことにしばしば歩いた。私が目ざしてゆくのは杉林の間からいつも氷室《ひむろ》から来るような冷気が径へ通っているところだった。一本の古びた筧《かけひ》がその奥の小暗いなかからおりて来ていた。耳を澄まして聴くと、幽《かす》かなせせらぎの音がそのなかにきこ
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