り》つぽい丸善の中の空氣が、その檸檬の周圍だけ變に緊張してゐるやうな氣がした。私はしばらくそれを眺めてゐた。
不意に第二のアイデイアが起つた。その奇妙なたくらみは寧ろ私をぎよつとさせた。
――それをそのままにしておいて私は、何喰はぬ顏をして外《そと》へ出る。――
私は變にくすぐつたい氣持がした。「出て行かうかなあ。さうだ出て行かう」そして私はすたすた出て行つた。
變にくすぐつたい氣持が街の上の私を微笑《ほほえ》ませた。丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆彈を仕掛《しかけ》て來た奇怪な惡漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆發をするのだつたらどんなに面白いだらう。
私はこの想像を熱心に追求した。「さうしたらあの氣詰《きづま》りな丸善も粉葉《こつぱ》みじんだらう」
そして私は活動寫眞の看板畫《かんばんゑ》が奇體な趣きで街を彩《いろど》つてゐる京極《きようごく》を下《さが》つて行つた。
[#地から1字上げ](大正十四年一月)
底本:「檸檬」十字屋書店
1933(昭和8)年12月1日発行
1940(昭和15)年12月20日第2刷発行
初出:「青空」
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