之助の視線に會ふと危く目をそらそ[#「そ」に「(ママ)」の注記]うとした。奎吉は何だかもやもやしてゐるものゝ中に閉ぢ込められてゐる樣に思つた。然し努めて顏を無表情に裝ひながら、彼の弱味を見られまいとした。
「お前の貯金から少し金を出して來て呉れ。急に入用が出來たんだが、お母さんが今使ひに行つてゐないから。」
彼がやつとそれを云ひ終へた時には、さき程の變に歪められた(この樣な事件が今起つてゐるのだな。)といふ想像の氣持が丸切り影を消してゐた。
莊之助は舞臺の上の人物が傍白を云ふ時の樣に一度目を横へそらせて「あゝ」と云つてうなづいた。奎吉は不幸にもその時の莊之助の顏に浮んだ微笑の影に、奎吉をなぐさめる樣な柔しい感情の表れがあつたのを見逃せなかつた。
その人間にその申し出が拒絶される時の氣不味さを氣遣ひながら、恐る恐る金を貸して呉れと他人に云ふ時に奎吉がいつも顏面に感じたあの堪らなく嫌な顏附きが、奎吉の努力を裏切つて、ここへも出たのではあるまいか、そして莊之助は俺のその顏から、俺の苦痛をヒユーメインにも知つて、あんなに柔しい顏附きをしたのではあるまいかと彼は疑つた。然も彼は莊之助のその
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