顏を生意氣に思ひ、いまいましく感じた。
「お前通帳と認印は自分で藏つてるんだね。ぢや直ぐ行つて五圓出しておいで、そしてこんなこと知れると少し都合が惡いから、俺が返すまで誰にも云ふんぢやないよ。いゝかい。その代り返す時には六圓にして返してやるからな。」 
 奎吉は最後の醜さを出してしまつた。然し彼はどうしても口止めをせずにはゐられなかつたのだつた。
 莊之助はそれを頷きながらきいてゐたが、おしまひに云ひ難くさを切り拔ける樣にしてこ[#「こ」に「(ママ)」の注記]う云つた。
「何も餘計にして返して貰はうとは思はないけど、確かに返してくれるのだつたら……。」
 奎吉は本當過ぎる程本當なそんな弟の言葉には全く參らされた。思ひがけなくも卑しい利息のことなどを云つたのを、堪らなく恥かしく思つた。金を返すにしても父が呉れる樣にならなければどうせ返せないのだし、金が手に入つても右左にそれを返すにはどうしても目をつぶつて自分を麻痺させなければ、惜しくて堪らなくなる自分の性質を省ても、莊之助の言葉は本當過ぎる位本當であつたので。

 莊之助が出て行つてから彼は堪らない場面をと[#「と」に「(ママ)」の注記
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