知つてゐた。そして奎吉は苦しんだ。然し此の際奎吉は手段などはどうでもいゝ程金が欲しかつた。その欲望はますます巨大に膨れ上つて、奎吉の良心を窒息させてしまひそ[#「そ」に「(ママ)」の注記]うになつた。彼は非常に氣を重くさせてしまつた。何だか譯のわからないものゝ中にゐる樣な氣がした。が、と[#「と」に「(ママ)」の注記]うとうその欲望が勝を占めた。その瞬間奎吉は第二の奎吉といふ樣なものがその醜い行爲をするのを傍觀する樣な、そして自分の聲をさへ一方から傍聽する樣な空想を起しながら、莊之助に呼びかけてしまつた。
「おい、莊之助、ちよつと。」
 そ[#「そ」に「(ママ)」の注記]う云つてしまつた時、彼はその聲が非常に不機嫌に重々しく響いたと思つた。
 雜誌に讀み耽つてゐた莊之助は、兄の視線の下で、身體を起しながらも、その頁から眼をはなさず、それでも兄のいらいらしてゐる視線にゆきあたつた時、機嫌をとる樣な作り笑ひをして近づいて來た。
 それが何か用事を云ひつける樣な時だと、そんな笑顏などは恥ぢて消えてしまふ程、ますます不機嫌な顏をして、ぶつきら棒に「新聞とつといで」とでも云ふのであるが、奎吉は莊
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