たが、その女は莊之助の十歳程の時死んでしまつたのを父は彼を自分の家へ置いて早く一人前にさせて、莊之助の祖母にあたる人間を養ふことが出來る樣にしてやらうと思つて兄弟の仲間入りをさせたのである。
 然し誰も彼もが不完全であつて、家の中は父が空想してゐた樣な調和がとれなかつた。そして誰も彼もが自分の狹量や不完全を感じる機會が多かつた。結局不幸なのは莊之助であつた。
 莊之助は最近に高等小學校を卒業して、極く少しの間父の知り合ひの店へ見習ひに行つてゐたのだつた。然し病弱でもあるし、當人もあまり氣が進まず、父もそれを可哀そ[#「そ」に「(ママ)」の注記]うに思つて又家で紺飛白を着せて遊ばせてあつた。奎吉がふと思ひついたのはその莊之助の金を借りることだつた。
 莊之助は最近見習ひに行つてゐた店から歸る時、そこの主人から包み金を渡された。そして彼の貯金には彼や彼の祖母が、幾度も空想してゐた種類の莊之助自身の金が加はつた譯であつた。
 奎吉自身としてもそんな貯金から借りるのはどうしてもいやであつた。それに彼が今迄勝手氣儘に押へつけて來た弟にとつて奎吉のその申し出が、輕蔑となつて價ひするだらうとは奎吉は
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